小学校3年生の新しいクラスは知らない人もたくさんいた。その中には暴れん坊のガキ大将・藤田もいて、僕は次第にオーディションに落ちたことを彼にからかわれるようになって大喧嘩をした事がある。その時は他のクラスにまで僕たちの声が聞こえて大騒ぎになってしまった。「チビのくせに!こんなんだから落ちるんだよ!」と、僕に胸ぐらを掴まれている藤田は泣きながら言った。泣きたいのはこっちの方だ。 3時間目の授業は丸々1時間潰れ、どうしてこうなったのかとお説教の時間になった。結局両者共に非を認めず、お互い納得いかないまま時間になり、先生に無理やり和解を求められて僕たちは更に機嫌が悪くなった。4時間目以降はいつも通りの日常に戻った。
もうあそびっと受けないの?
5時間目の授業の最中、隣の席の畑中さんが隙を見てノートの端っこに書いたメモを僕に見せてきた。畑中さんは大人しい女の子だった。席替えはついこの間したばかりなので、僕も畑中さんとは一度も話したことはなかったけど、今日の事件のせいで彼女も気になったのだろう。僕がノートに返事を書くと畑中さんは更にその返事を書く。しかも一瞬だ。
わからない なんで?
当時の僕はテレビ番組のオーディションとは、一回きり、つまり落ちたらもう二度と受けられないものだと思っていた。返事を考えていると、畑中さんがまた何かを書き始めた。
また受けてみたらいいじゃん
就業のチャイムが鳴った。 「また受けるって?」 号令のあと、僕は初めて畑中さんに声をかけた。 「いや、ああいうオーディションとかって、一度落ちてもまた次挑戦しちゃダメなのかなって思って」 「あー…」 「実際どうなの?」 「どうなんだろう、考えたことなかった」 「良いと思うんだけどな。もし良いんだったらまた受けてみなよ」 その発想はなかった。 「畑中さんもしょうくんが好きなの?」 僕は的外れだと思いつつ、畑中さんにしょうくんのことを聞いてみる。たいていの女子はしょうくんのファンだ。僕を介してしょうくんのサインを欲しがる子もいる。僕は女子から声をかけられる度にそれを薄々と感じるようになっていた。すると畑中さんはニカッと笑いながら 「あたしってか妹が好きなんだ。で、佐野くんがもし合格したら『隣の席の子があそびっとに合格したよ』って自慢するんだー」 と答えた。畑中さんの言葉には不思議と下心や嫌な予感は感じられなかった。普段は読書をしていてなかなか話す機会もなく、勝手に大人しい女の子かと思っていたけれど、喋ってみたら案外明るくてお喋りな女の子だった。 「なんじゃそりゃ」 「あはは、そういうこと。頑張ってねえ」 「もー」 僕が返すと彼女は「先生来た。帰りの会始まるよ」と、目線を教壇の方へ戻した。
夏になった。席替えで畑中さんとは離れ離れになってしまったけど、僕にも「ながちゃん」という新しい友達ができた。それなりに楽しく学校生活を送っているものの、僕はやっぱりまだ新体制のあそびっとスクールを見れていなかった。そして少し早いけどとマネージャーから来年度のあそびっとの新メンバーオーディションの話を聞いた。あそびっとのオーディションはやっぱり今年もあるらしい。僕はもう二度とあそびっとのオーディションは受けないと決めていたけど、あの春、畑中さんと話したことをきっかけに少しずつまたチャレンジしてみても良いのかなと思い始めていた。あれから何度か席替えがあり、畑中さんとは隣の席になることは無かったけれど、帰る方向が途中まで同じだったことを知り、スターストームのお稽古がお休みの日、僕はながちゃんと畑中さんと一緒に帰ることも増えた。ながちゃんと畑中さんは僕があそびっとに落ちたことに対して、「またチャレンジしてみなよ」と何度も僕の背中を押してくれた。
あそびっとの倍率は年々高くなっているらしい。それは勿論、しょうくんという存在がお茶の間にとっても、僕たち芸能関係者にも、余りにも大きすぎる存在だからだ。みんなしょうくんと一緒に仕事がしたいのだろう。 そして来年度のあそびっとは大きく変わる。これは公式の案内というわけではなく、近年のあそびっとのアップデート記録を元にスターストームのスタッフたちが研究した上での、あくまでもスタッフやマネージャー、そして宇都美先生たちが予想していることだが信憑性はかなり高い。スターストームの大人たちが予想しているあそびっとのアップデートは次のようになる。タイトルの変更(「あそびっとスクール シーズン〇」と、シーズンアップするだけだが。因みに今はシーズン2)メンバーの増員、番組MCの変更、全員の衣装変更、企画変更、放送時間の変更など…。とにかく全体的に大きく変わる為、あそびっと側も気合いの入れ方もいつもより少し違うという。メンバーの増員が僕たち役者にとっては大きな目玉となるが、それはつまり昨年よりも参加希望者が大幅に増えるということだ。当然、スターストームが大手だから絶対に合格ということはなく、実力が無ければNIC☺︎やあそびっと側は容赦なく不合格にするし、勿論その逆も然りでどんなに小さい芸能事務所の子役でも、制作サイドが気に入れば合格となるのだ。実際しょうくんが所属している事務所を僕は聞いたこともないし、マネージャーや宇都美先生も、「よくあの事務所からこんな大人気子役が誕生したよな」としばしば口を揃えていた。
話は戻るが、いくら番組のアップデートによりメンバーが増員するとはいえ、選ばれるのはせいぜい3人とか5人とかなわけで。僕はその戦いに勝たなければならない。スターストーム所属というプライドも僕にはあった。 「今年は手強いぞ…」と、宇都美先生も珍しく何度も頭を抱えていた。
結局僕は来年度のあそびっとオーディションのことを宇都美先生に相談をした。あれだけもうあそびっとのオーディションは受けないと宣言していたのにも関わらず、宇都美先生はいつものように親身になって話を聞いてくれた。宇都美先生曰く、昨年僕があそびっとを落ちたことに関して、「佐野くんの演技の実力は正直足りています。それよりもあそびっとは演技よりもありのままの自分がテレビ向けかどうかや咄嗟の対応力を重視しているね。あとは運。悔しいけどこれが一番の鍵だよ。」と言った。あそびっとのオーディションでは「その場で今すぐ怒ってください、泣いてください」のような表情演技は余り求められていないらしい。では選ばれる運を上げるために僕ができることは何か。それは昨年のオーディションを受けるに当たり宇都美先生に指摘された個性の話、つまりは僕自身の内面強化なのではないだろうか。そこで僕は夏休みの自由研究の宿題も兼ねて、自由研究ならぬ「自分研究」をすることにした。夏休みはまだ始まったばかりだし一ヶ月もあれば少しはレベルアップするだろう!