「佐野くんってそんなに大人しい性格だったっけ?」  ある日の稽古中、演技指導の宇都美先生に言われて僕はドキッとした。 「最近演技に違和感があるというか…ちょっと大人しいけどお稽古以外の佐野くんはいつものように元気だからどうしたのかなって。…もしかしてだけど、あそびっとの『五十嵐しょう』くんの真似してたりする?」  僕は突然且つ次から次へと宇都美先生に図星を突かれて「あ、えっと…」としか声が出なかった。さすがはプロ、小学2年生の考えなんて簡単にお見通しというわけか。 「最近、五十嵐しょうくんに憧れているって子役が多くてね。元々元気な子も、大人しくなったりちょっとキザになったり…これはうちの事務所に限らず、どこの事務所でもそうなんだって。」宇都美先生は続ける。 「この1、2年で五十嵐しょうくんになりたい男の子が増えてるみたい。」  え?今なんて?しょうくんになりたい男の子が増えてる? 「男の子?」 「そう。」 「しょうくんって女の子に人気なんじゃないの?」  僕はしょうくんに憧れていた。しかし、からかわれたくなかったからその気持ちは自分の胸の中に密かに秘めていた。でも今、宇都美先生はしょうくんになりたい男の子が増えていると言った。つまり、僕のこの気持ちは全国の男児子役たちと同じ気持ちだったようだ。 「確かにしょうくんは女の子にものすごく人気だけど、女の子たちはしょうくんになりたいわけじゃなくて、とにかくしょうくんに好かれたい、遠くから見ていたいという気持ちだと思うよ。それに、女の子たちはどっちかというと今川まりんちゃんに憧れてるから。」  宇都美先生の口から出た「今川まりん」もまた、あそびっとスクールの現役メンバーの一人だ。しょうくんより2つ上で、小学校6年生のお姉さんである。確かにまりんちゃんはかわいい。女子メンバーの中だったら僕も一番好きだ。でもまりんちゃんに憧れていたり、まりんちゃんみたいになりたいとは思わない。 「しょうくんに憧れるのは良いけど、自分の個性を殺してしまってはいけないよ」 「個性って?」  僕はこの時、生まれて初めて個性という言葉を知った。 「うーん、そうだなあ」宇津美先生は考える。 「じゃあ、佐野くんは何色の髪?」 「え?うーんと…黒」 「好きな色は?」 「青」 「好きな遊びは?」 「鬼ごっこ」 「好きな教科は?」 「体育」 「クラスではお喋り?大人しい?」 「お喋り」 「じゃあ「五十嵐しょうくん」はどうだろう?しょうくんの髪の色は?」 「茶色」 「しょうくんの好きな色は?」  あれ? 「分かんない」 「しょうくんの好きな遊びは?」 「分かんない…」 「しょうくんの好きな教科は?」 「分かんない…」 「…だよね。じゃあ最後に、しょうくんはクラスではお喋りな男の子だと思う?」  僕はどんどん悲しくなり、自信が無くなっていく。憧れのしょうくんのことなのに、僕はしょうくんのことを何も知らない。でもきっと、しょうくんはお喋りな男の子ではない。 「多分違う…」 「佐野くんとしょうくんの違いが「個性」だよ。例えば、明日から佐野くんは学校でお喋りを控えて大人しくすることはできるかな?嬉しいことがあったらどうする?お母さんやみんなに内緒にできる?」 「できない…」僕は涙目になってくる。 「うんうん。意地悪しちゃってごめんね。つまり、ざっくり言うと佐野くんは明るい性格、しょうくんは控えめな性格。もちろん、しょうくんだって『あそびっと』の中では元気だし明るく発言をしているし学校では佐野くんみたいにクラスのムードメーカーかもしれない。嬉しいことがあった時もお母さんにいち早く報告するかもしれない。でも、やっぱり佐野くんとしょうくんには違いがあるよね。」 「うん…」 「うん。でもさ、その違いは佐野くんとしょうくんだけの間にあるものでもないよね。佐野くんと先生だって違うし、まりんちゃんとしょうくんも違う。年齢が違う、性格が違う、性別が違う、住む場所が違う、好きな色も、好きな食べ物も好きな服も、嫌いなものだってみんなそれぞれが違うけど、みんなそれぞれに良い所はあるよね。」  どんどん分からなくなってきた。 「ちょっと難しかったね。でもね、最後に一つだけ。佐野くんは『しょうくんみたいになりたい』って思ってると思うけど、しょうくんは『しょうくん』を演じてるんじゃなくて、そのままでああいう人なの。佐野くんは元気な性格だけど、しょうくんの“元気”とは少し違うよね。無理にしょうくんの真似をしたら、生まれ持った佐野くん自身の良さが消えて、ただただ苦しくなるだけだよ。オーディションでそんな佐野くんを見たあそびっとのスタッフさんはすぐ見抜くと思う。だからあそびっとのオーディションは、しょうくんをお手本にするんじゃなくて、ありのままの佐野くんをもっともっと輝かせる方向で進めていこうよ。」 分かってる。宇津美先生の言いたいことも、このままでは良くないことも。でも…。  「でも…やっぱりしょうくんってかっこいいんだもん…」

それからの日のお稽古はしょうくんをお手本にすることなく僕の性格をどう活かすかということが課題となったが、やっぱりしょうくんへの憧れは強かった為、宇都美先生に厳しく言われたあの日以降もなかなか素直に受け入れることはできず、僕はどこかモヤモヤしていた。でも、演技指導のプロのである宇都美先生の前では隠し事は通用しないと分かった僕は素直に自分の持ち前の明るさをオーディションで発揮するように頑張っていた。納得いかない気持ちはあるものの、僕らしさを活かした演技の練習は不思議と肩の力が抜けている気がしたので、やっぱりいくらしょうくんに憧れていても生まれ持った性格というのはなかなか変えることはできないのだなと僕は思った。オーディション当日も練習の成果が発揮されたらしく、「これは絶対に合格した!」と僕は確かな手応えを感じていた。そして僕はその頃も尚、スターストームに入れたという事実を過信しすぎていたので後日マネージャーから「残念ながら…」と聞いた時は今までの人生で一番大きなショックを受けたのであった。