今、世間を騒がしている男がいる。

ご無沙汰しております。五十嵐しょうです。 子役として活動していた時期から時間が経ちましたが、この度、春瀬プロダクションに所属し、芸能活動を再開することになりました。 本格的な始動はこれからとなりますが、まずは一歩目としてお知らせをさせて頂きます。 見かけた時に、少しでも「懐かしいな」「また会えたな」と思って頂けたら嬉しいです。 どうぞ宜しくお願い致します。   2025年3月18日 五十嵐しょう

収録を終えた僕はついいつもの癖でスマホの電源を入れ、SNSを確認する。フォローしているのは仕事関係で繋がった芸能人やアーティスト、インフルエンサーや映画監督まで様々だ。そして今、僕のタイムラインいや、日本中が「五十嵐しょう」という人物の「ご報告」で大騒ぎをしている。

「五十嵐しょうって元あそびっとの?」「チャイボ好きだったわ〜なつかし!」「五十嵐しょうのリアコだった女児多いだろ」「女子に人気だったから言えなかったけど俺も好きだったなあ、憧れだった」「さのてぃーとなんか組んでなかったっけ」「佐野って俳優の?」「五十嵐しょうそういえばいつの間にか消えてたな」「てか引退してたん?」「あそびっと以外で見た事ないしな、売れなかったんだろ」

五十嵐しょう、あそびっと、チャイボ、そして「さのてぃー」というワードは日本中の各スマートフォンから次から次へと呟かれ、まるで滝登りのようなスピードでSNSのトレンドワードにどんどん上がっていく。

僕はこの男を知っている。知っていると言っても画面や雑誌越しに見ていた訳ではない。インターネットの暇な住人たちの言う通り、僕は彼と一緒に仕事をしていたことがある。

五十嵐しょう。僕と彼はかつて放送局「NIC☺︎(ニコ)」が放送している「あそびっとスクール」という教育番組の子役だった。彼は子役の皆からは勿論のこと、番組MCや番組スタッフの大人たち、幼稚園児からおじいちゃんおばあちゃんまで幅広い世代から「しょうくん」と親しまれており、あそびっとスクール(以下「あそびっと」)の中心的存在だった。

僕があそびっとに加入したのは小学校4年生の時。自分で言うのも何だが、元々目立つことが好きだった僕は昔から保育園や小学校のクラスのムードメーカーだった。面白いことを言うとみんなが笑ってくれる。それが気持ちよかった。  小学校に上がって学校生活にもすっかり慣れた頃、僕は地元の小さい劇場の小さい劇団に所属した。と言っても普通の小学生が放課後スポーツクラブに参加していたりピアノや水泳、習字や塾に行くような言わば習い事の一つだ。僕は声を出すことが大好きだった。音楽の授業も好きだったけど、特に国語の授業やお楽しみ会での劇で特定の役を演じることに魅力を感じていた。僕じゃない誰かになりきることが心から楽しかった。両親の「大人に揉まれて社会を知りなさい」という教育方針もあったらしいのだがそれは二の次で、それ以前に僕が何かを演じることが大好きだということを知っていたので劇団に所属することには賛成だったようだ。とはいえ小さい街の小さい劇団なので、普段の活動はというと地域のお祭りのステージやお化け屋敷のおばけ役が多かったけど、とにかく楽しい日々を送っていた。劇場でのお稽古は水曜日と土曜日だけなので、それ以外の日は夕方のサイレンが鳴るまで友達と遊び呆けていた。そして家に帰ると決まってテレビをつけて見ていたのは「あそびっとスクール」。架空の学校を舞台とした子供向けバラエティ番組だ。当時、子供たちが見る番組といえばそれが定番だった。その中にしょうくんはいた。あそびっとの中にいるしょうくんに夢中になった当時の僕は小学校1年生、しょうくんは3年生だった。  当時のしょうくんは番組最年少で、同年代の男の子と比べたら少し大人しいタイプの子だったけれど、最年少ということもありみんなの弟的ポジションで可愛がられていた。そして小学校3年生ながらにどこかクールな性格で、僕とは真逆の性格だと幼いながらに感じていた。しょうくんは僕たちの学校の女の子にすごく人気があった。クラスの女の子たちは毎日のように「昨日のあそびっと見た?」「しょうくんやばかった」と興奮していた。そして僕も、しょうくんに強い憧れを持っていたけど「男の子が男の子に憧れているなんて」と、からかわれる気がしていたので誰にも言えず、自分だけの秘密にしていた。   「佐野さん、スターストームのオーディションにご興味ありませんか?」  ある日の稽古終わりに、先生はお迎えに来た僕の母親に声をかけた。スターストームとは大手芸能事務所だ。幼い僕にはそれがどんなにすごいことなのか分からなかったけど、母親はすごくびっくりしていて「うちの子が?!先生、何かの間違いじゃ…」なんて言っていた。聞いた話によると、どうやら僕の演技が劇場から始まり地域の人達からも好評で、それを見兼ねた先生が僕のこれからのステップアップとしてスターストームのオーディションに受けてみないかと提案した、といった流れらしい。スターストームには子役養成システムがあるらしく、いつか子役から大人になっても将来的に役者として食いっぱぐれないようアフターサポートが充実してるとかなんとか…。一通りの経緯を教えて貰ったけれど小学校1年生の僕にはよく分からなかった。スターストームがどういう所なのかは分からないけど、そこに入ればどうやら有名人になれるらしい!  まずは書類選考だが、これは殆ど母に任せっきりだった為僕は何もしていない。必要書類をスターストームに提出をして数週間後、合格通知が届いた。僕は人生で初めて見た「合格」という文字に大喜びをし、底が抜けるのではというぐらい1日中家の中を飛び跳ねていた。実は書類を送ってすぐの土曜日から僕のお稽古はスターストームのオーディション対策中心のメニューを先生と一緒に組んでおり、僕は日々そのメニューをこなしていた。当時の僕はなかなかの自信過剰な性格だった為、自分が落ちることなど全く考えていなかったけど、それを察知していた母からはスターストームに合格する人の方が少ないんだよ、でも仮にダメだったとしてもその努力は絶対に今後のお芝居に役に立つので無駄ではないんだよと、何度も言われていた。  オーディション対策メニューは僕自身の自己紹介から始まり、台詞暗記に表情演技、あとは軽く雑談なんかもあるそうだ。雑談は大好きだから変なことを言わないことだけを心掛けるだけで特に問題はなかったけれど、僕は台詞暗記と表情演技がかなり苦手だった。意外かも知れないが、僕は自信過剰のくせに物凄く緊張しやすい性格で、特に台詞の暗記が弱くよく本番で台詞が飛んでいた。その度舞台上では即興のアドリブで対応していた為、逆にアドリブ力はかなり強いのだが地元の小さい劇場ならともかく、プロの世界となると台詞を忘れるということはかなり致命的だ。表情演技だって色んな人が見ている中で泣いたり怒ったりするのは恥ずかしい。有名人になるって難しい…。

数ヶ月に渡る稽古を詰み、いよいよオーディション本番となった。オーディションはスターストームの本社で行われた。申し訳ないのだが、緊張のあまり今となってはこの時のオーディションのことは殆ど覚えていない。練習でやったことを大勢の大人たちの前でひたすらこなすだけで、個性のアピールなんかやる余裕など無かった。完全にダメだったと思っていたけどオーディションに合格してしまった。書類選考の合格の時は1日中飛び跳ねて大騒ぎをしていたのに、いざ実際に合格するとなるとまるで夢の中にいるような感覚で現実が信じられず、2日程は「俺本当にスターストームに合格したの?有名人になったの?」と疑っていた。それでも2日後からは「本当にスターストームに合格したんだ!」と喜んでいた。

「佐野くんが芸能事務所に所属することになりました。」  ある日の朝の会で先生はクラスのみんなに僕のこれからのことを話してくれた。 「えー!」「うそ?!」「さのっちまじ?」「すげー!」「有名人ってこと?」「サインちょうだい!」当然クラス中は驚きの声で溢れかえり、僕は一瞬にしてクラスメイトたちの視線を集めた。 「はい!静かに!佐野くんにはこれから色んなお仕事が入ってくると思います。もしかしたら今後学校を休んだり来れない日もあるかも知れないけど、みんなのお友達であることには変わりありません。で、ここからが大切なことだから先生と約束して欲しいことがあります。先生の目を見てよく聞いてね。」  言葉を選びながら、クラス全員にしっかり伝わるように先生は続ける。 「佐野くんのことを応援することはすごくいいことです。でも、サインや仕事のことばかり聞かれると佐野くんが困ることもあります。学校は勉強をするところ、そしてお友達と楽しく遊ぶところ。芸能界はすごくキラキラしているように見えるけど友達と遊ぶところではなくお仕事をするところ。佐野くんはみんなより早くお仕事をするようになったけど学校ではみんなと楽しくお勉強をするところです。だから学校ではあまりお仕事の話はしないであげてね。」  先生の言葉は暖かく、そして有難かった。スターストームに合格したことは嬉しかったけど、やっぱりクラスのみんなにお知らせをするとなるとドキドキする。特別な存在になることや、それ知ってすごいと言ってくれることは嬉しいけど、僕という存在には何の変わりもないのでいきなり特別扱いをされたくなかったのだ。とはいえ僕もみんなも小学1年生。やっぱりクラスメイトの中には「いつテレビに出るん?」と聞いてくる子もいれば、サインをねだってくる子もいた。

スターストームに所属してからしばらくが経ち、僕は小学校2年生になった。大して目立った仕事はないものの、少しずつ小さいお仕事は入るようになったある日、とんでもない情報が耳に入った。なんと!あのあそびっとスクールが新メンバーを募集するというのだ。僕は今まで疑問にすら思ったことが無かったが、あそびっとスクールのメンバーは一般募集では一切行われておらず、年に一度だけ、各芸能事務所や劇団にオーディションのお知らせが来るようだ。尚、あそびっと及びNIC☺︎からの直接スカウトも執り行われていないらしいのでチャンスは自分から掴みに行くしかない。あそびっとでのオーディションに合格するということは、つまり!憧れのしょうくんと一緒にお仕事ができるということだ。これは絶対に合格するしかない。あそびっとに加入できるのは小学校新2年生から、つまりこの時の僕には十分参加資格がある。季節は秋。僕が昨年スターストームに所属した時は既に冬だったから、当時の新メンバーオーディションはとっくに締め切られていた。僕は早速母親に相談した。母親は快くOKを出してくれたが、あそびっとのオーディションは今まで受けたどのオーディションよりも規模が大きいもので希望人数もきっと多い。でも僕は「スターストームに入れたんだから大丈夫だよ」と、自分の実力を過信していた。    さて僕はスターストームに入れたという油断と謎の余裕を持ちながらも、どうすればあそびっとのメンバーとして正式加入できるかを子供なりに考えていた。僕の予想と作戦はこうだ。あそびっとスクールは子供向け番組だからきっと大人たちは元気な子役を欲している。そしてどの子役たちもきっと元気にアピールをする。そんな中、僕は僕の憧れであるしょうくんをお手本にする。みんなが元気にアピールしている中、落ち着いた少年がいるとどうだろう、きっと大人たちは僕のことを「周りと違った子がいるぞ!」と、合格の印を押す。完璧だ。これでいこう。

「佐野くんってそんなに大人しい性格だったっけ?」  ある日の稽古中、演技指導の宇都美先生に言われて僕はドキッとした。 「最近演技に違和感があるというか…ちょっと大人しいけどお稽古以外の佐野くんはいつものように元気だからどうしたのかなって。…もしかしてだけど、あそびっとの『五十嵐しょう』くんの真似してたりする?」  僕は突然且つ次から次へと宇都美先生に図星を突かれて「あ、えっと…」としか声が出なかった。さすがはプロ、小学2年生の考えなんて簡単にお見通しというわけか。 「最近、五十嵐しょうくんに憧れているって子役が多くてね。元々元気な子も、大人しくなったりちょっとキザになったり…これはうちの事務所に限らず、どこの事務所でもそうなんだって。」宇都美先生は続ける。 「この1、2年で五十嵐しょうくんになりたい男の子が増えてるみたい。」  え?今なんて?しょうくんになりたい男の子が増えてる? 「男の子?」 「そう。」 「しょうくんって女の子に人気なんじゃないの?」  僕はしょうくんに憧れていた。しかし、からかわれたくなかったからその気持ちは自分の胸の中に密かに秘めていた。でも今、宇都美先生はしょうくんになりたい男の子が増えていると言った。つまり、僕のこの気持ちは全国の男児子役たちと同じ気持ちだったようだ。 「確かにしょうくんは女の子にものすごく人気だけど、女の子たちはしょうくんになりたいわけじゃなくて、とにかくしょうくんに好かれたい、遠くから見ていたいという気持ちだと思うよ。それに、女の子たちはどっちかというと今川まりんちゃんに憧れてるから。」  宇都美先生の口から出た「今川まりん」もまた、あそびっとスクールの現役メンバーの一人だ。しょうくんより2つ上で、小学校6年生のお姉さんである。確かにまりんちゃんはかわいい。女子メンバーの中だったら僕も一番好きだ。でもまりんちゃんに憧れていたり、まりんちゃんみたいになりたいとは思わない。 「しょうくんに憧れるのは良いけど、自分の個性を殺してしまってはいけないよ」 「個性って?」  僕はこの時、生まれて初めて個性という言葉を知った。 「うーん、そうだなあ」宇津美先生は考える。 「じゃあ、佐野くんは何色の髪?」 「え?うーんと…黒」 「好きな色は?」 「青」 「好きな遊びは?」 「鬼ごっこ」 「好きな教科は?」 「体育」 「クラスではお喋り?大人しい?」 「お喋り」 「じゃあ「五十嵐しょうくん」はどうだろう?しょうくんの髪の色は?」 「茶色」 「しょうくんの好きな色は?」  あれ? 「分かんない」 「しょうくんの好きな遊びは?」 「分かんない…」 「しょうくんの好きな教科は?」 「分かんない…」 「…だよね。じゃあ最後に、しょうくんはクラスではお喋りな男の子だと思う?」  僕はどんどん悲しくなり、自信が無くなっていく。憧れのしょうくんのことなのに、僕はしょうくんのことを何も知らない。でもきっと、しょうくんはお喋りな男の子ではない。 「多分違う…」 「佐野くんとしょうくんの違いが「個性」だよ。例えば、明日から佐野くんは学校でお喋りを控えて大人しくすることはできるかな?嬉しいことがあったらどうする?お母さんやみんなに内緒にできる?」 「できない…」僕は涙目になってくる。 「うんうん。意地悪しちゃってごめんね。つまり、ざっくり言うと佐野くんは明るい性格、しょうくんは控えめな性格。もちろん、しょうくんだって『あそびっと』の中では元気だし明るく発言をしているし学校では佐野くんみたいにクラスのムードメーカーかもしれない。嬉しいことがあった時もお母さんにいち早く報告するかもしれない。でも、やっぱり佐野くんとしょうくんには違いがあるよね。」 「うん…」 「うん。でもさ、その違いは佐野くんとしょうくんだけの間にあるものでもないよね。佐野くんと先生だって違うし、まりんちゃんとしょうくんも違う。年齢が違う、性格が違う、性別が違う、住む場所が違う、好きな色も、好きな食べ物も好きな服も、嫌いなものだってみんなそれぞれが違うけど、みんなそれぞれに良い所はあるよね。」  どんどん分からなくなってきた。 「ちょっと難しかったね。でもね、最後に一つだけ。佐野くんは『しょうくんみたいになりたい』って思ってると思うけど、しょうくんは『しょうくん』を演じてるんじゃなくて、そのままでああいう人なの。佐野くんは元気な性格だけど、しょうくんの“元気”とは少し違うよね。無理にしょうくんの真似をしたら、生まれ持った佐野くん自身の良さが消えて、ただただ苦しくなるだけだよ。オーディションでそんな佐野くんを見たあそびっとのスタッフさんはすぐ見抜くと思う。だからあそびっとのオーディションは、しょうくんをお手本にするんじゃなくて、ありのままの佐野くんをもっともっと輝かせる方向で進めていこうよ。」 分かってる。宇津美先生の言いたいことも、このままでは良くないことも。でも…。  「でも…やっぱりしょうくんってかっこいいんだもん…」

それからの日のお稽古はしょうくんをお手本にすることなく僕の性格をどう活かすかということが課題となったが、やっぱりしょうくんへの憧れは強かった為、宇都美先生に厳しく言われたあの日以降もなかなか素直に受け入れることはできず、僕はどこかモヤモヤしていた。でも、演技指導のプロのである宇都美先生の前では隠し事は通用しないと分かった僕は素直に自分の持ち前の明るさをオーディションで発揮するように頑張っていた。納得いかない気持ちはあるものの、僕らしさを活かした演技の練習は不思議と肩の力が抜けている気がしたので、やっぱりいくらしょうくんに憧れていても生まれ持った性格というのはなかなか変えることはできないのだなと僕は思った。オーディション当日も練習の成果が発揮されたらしく、「これは絶対に合格した!」と僕は確かな手応えを感じていた。そして僕はその頃も尚、スターストームに入れたという事実を過信しすぎていたので後日マネージャーから「残念ながら…」と聞いた時は今までの人生で一番大きなショックを受けたのであった。