勝手に閃き、勝手に消え、勝手に行動をした先生が帰ってきた。

「俺明日から旅に出るから。じゃ」 「えっ、どこに」  ツーツーツー…

数日前、先生はいきなりスマホを鳴らしてきた。が、会話の途中で通話を切られてしまった。これは日常茶飯事。もう慣れている。先生はいつもこうだ。これと決めたら一目散に飛びつく。僕は一方的に切られたスマートフォンを操作し、先生へメッセージを送る。  「せめてどこに行くのかだけ言って切ってください」  先生の返信は早い。

『ねこねこ村』

「は?」思わず声が出てしまった。どこなんだそれは。というか実在するのかそこは。検索しても出てこない。

「これさ〜買ったんだ!いいでしょ」  ねこねこ村とやらから帰ってきた先生はえらくご機嫌の様子で「ねこねこ村へ よーこそ!」と猫?のような絵と一緒に書かれたTシャツを着て僕に見せびらかしてきた。どうやらこのTシャツは僕へのお土産ではなく、ただ僕に自慢したかったらしい。 「いいですね」  僕は疲れている。土曜日だから先生はお休みかも知れないけど僕は明日も仕事がある。わけのわからない村のTシャツを自慢する為だけに人の家に来たこいつをさっさと追い返して眠りに就きたい。 「これはしょーくんへのお土産だよ」  そう言うと先生はTシャツにも描かれている猫?のようなゆるキャラのマスコットキーホルダー僕に寄越した。どうやらこのキャラクターはねこねこ村のキャラクターらしい(多分)というか先生の脳に人にお土産を買う文化があったのか…。意外だった。 「ありがとうございます。」 「リュックに付けときな〜」  なんで勝手に決めるんだよ。でも早く寝たいので僕は渋々と貰ったキーホルダーをリュックに付けた。

翌日

昨夜、先生はTシャツを自慢し終えたらあっという間に帰ってくれた。というのも今日はバラエティ番組の収録日。僕はバラエティ番組が苦手なのだ。正しくは「民間放送の」バラエティ番組の収録が苦手だ。  僕は元々公共放送の子役をしていた。その番組は子供向けバラエティだったけど民間放送と違い、本番まで何日もしっかりと時間をかけて本番の収録に挑んでいた。民間放送のバラエティ番組は公共放送のものと違い、ほぼほぼぶっつけ本番のようなものである。だから先生は僕が民間放送のバラエティ番組に不慣れなことも、収録前後はひどく疲れることも知っている。 「お兄ちゃん!おはよ!」 楽屋へ向かう途中、背後から聞き慣れた声がした。 「丸田さん!おはようございます。今日は宜しくお願いします。」 丸田英二。彼は今日の番組の司会者で、芸歴はかれこれ三十年の大ベテラン。そして丸田さんと僕は昔、例の子供向けバラエティで2年ほど共演をしている。

僕は一度芸能界を引退している。  僕が初めて芸能界に入ったのは小学校3年生だった。その年の新メンバーの中では僕が最年少だった為、最初の方こそは弟キャラとして扱われていたが歳を重ねていくうちにいつの間にか「国民的お兄ちゃん」と呼ばれるようになっていた。丸田さんと共演していた時期、僕は既にお兄ちゃんポジションになっていた為丸田さんは番組内では僕のことを「しょうくん」と呼んでいたが、オフでは「お兄ちゃん」と呼んでいた。芸能界を復帰した今でも年齢関係なく僕の事を“お兄ちゃん”と呼ぶ人は芸能界にもファンの中にもチラホラいる。自分では僕のどこがお兄ちゃんなのかは分からないが、不思議なことに嫌な気持ちにはならなかった。

「最近よくバラエティ出てるね!」 「はい、今撮影中のドラマが少し落ち着いて来たので最近はバラエティも少しずつ出させて貰っています。」 「民間のバラエティはどう?やっぱり公共と違って大変?」 「すっごく大変です…。ドラマは決められたセリフがあるので何とかなってますけど、民間は殆どぶっつけ本番だし…」 ちょっと愚痴っぽくなってしまったと反省。その後もしばらく雑談をしたのち、「しょうくんなら大丈夫よ!何かあったらしっかりフォローするから!じゃあ、また後でね!今日はよろしくね!」と、丸田さんは楽屋の方へ去って行った。

「本番入りまーす!」

今日の収録は芸能人の持ち物チェック。丸田さんと話したあの後、他の共演者に挨拶をしたりされたり…。なんやかんやでスタジオに向かう頃には本番ギリギリになってしまったので慌てて鞄を持って来たけれど、僕は普段から人に見られて恥ずかしいものは鞄に入れないので何も問題はない。バラエティ番組の収録は相変わらずいつになっても慣れないけど、頭の中で何度もシュミレーションもしたし今日の収録もきっと大丈夫だ。 「さあ始まりました!『芸能人!持ち物検査』〜!」  丸田さんを中心に、番組はどんどん進む。さすが大ベテラン、司会進行は当たり前だがトークも面白い。共演者たちは丸田さんに指名され、次々と鞄の中身を紹介して行く。芸能人らしくハイブランドの鞄を持っている人や、逆に鞄は全く持たない人、無難にチェーン店で買ってる人や、プレゼントして貰った物を大切に使っている人まで様々だ。鞄の中身も、のど飴を持ち歩いて常に喉のケアをしている人、不要なレシートが鞄の中で散乱してる人、暇つぶし用にゲーム機入れている人や場面や気分で読む本を変えている人までいてすごく面白い。スケジュール帳を持ち歩いている人も多く、スマホ派かアナログ派、マネージャーに任せっきり派など、スタジオはどんどん盛り上がっていった。

「じゃあ次は五十嵐しょうくん!」僕の番が来た。みんなそれぞれに個性が出ているけど僕の鞄はどこにでもあるノーブランドの黒いリュックだし基本的に財布、スマホ、ICカード、ハンカチぐらいしか持たないので何も面白味がない。何か面白いものを入れておいた方が良かったかも知れない。 「お、良いものつけてるね!」  丸田さんは言う。僕は鞄にキーホルダーやマスコット類は付けない主義だ。だからリュックには何も付けていない筈だけど…今、丸田さんは僕に話を振って来なかったっけ。他の共演者と聞き間違えたかな?それとも丸田さんのミス? 「ほんとだー」 僕の一瞬の沈黙を察したのか、隣の共演者がすぐさまフォローを入れてくれた。やっぱり僕のことなのか、でも何もつけていないぞ。僕は自分のリュックを確認する。

あっ